違和感のはじまり

山と森に囲まれた、小さな村があった。
人々は季節の巡りとともに暮らし、
朝になれば畑に出て、
夜になれば静かに家路につく。
一見すると、
何ひとつ不自由のない穏やかな村だった。
けれど、ある頃から
目に見えない「違和感」が
村のあちこちに漂い始めていた。
理由もなく疲れやすい。
気持ちが沈み、笑顔が減る。
些細なことで言い争いが起き、
人と人の間に、見えない壁ができていく。
人々はそれを
「年のせいだろう」
「仕方のないことだ」
そう言って、やり過ごしていた。
村の外れに暮らす青年、アリオスは、
その空気に誰よりも敏感だった。
畑の土に触れながら、
井戸水を汲みながら、
人々の声を聞きながら、
彼はいつも胸の奥に
小さなざわめきを感じていた。
「何かが、おかしい……」
大きな出来事が起きたわけではない。
けれど、
“本来あるはずの巡り”が
少しずつ滞っているような感覚。
アリオス自身もまた、
理由のない疲れや、
言葉にできない不安を抱えていた。
夜になると、
彼は焚き火の前に座り、
炎の揺らぎを眺めるのが習慣だった。
火は、
激しく燃えることもあれば、
静かに、ただ灯り続けることもある。
「人の心も、同じなのかもしれないな……」
そうつぶやいたとき、
ふいに風が止み、
空気がすっと澄んだ。
その瞬間、
焚き火の向こうに
淡い光が揺らめいた。
目の錯覚かと思った次の瞬間、
その光は、
静かに形を持ちはじめた。
「……誰だ?」
アリオスが声をかけると、
その光の中から、
穏やかな表情をした存在が現れた。
恐ろしさは、不思議と感じなかった。
ただ、胸の奥が
じんわりと温かくなる。
「あなたは、
この村の“違和感”に気づいているのですね。」
その声は、
風のようにやさしく、
水のように澄んでいた。
彼女の名は、アルマ。
天から遣わされた、癒しを司る存在。
「この村が失いかけているのは、
力でも、希望でもありません。
人が本来持っている“巡り”です。」
アリオスは、
言葉を失った。
自分が感じていたものに、
初めて名前が与えられた気がしたからだ。
「でも……
僕に、何ができるんですか?」
問いかけるアリオスに、
アルマは静かに微笑んだ。
「今は、まだ答えを知る必要はありません。
ただ、その違和感から
目をそらさないでください。」
焚き火の炎が、
ふっと揺れた。
次の瞬間、
アルマの姿は
夜の空気に溶けるように消えていた。
焚き火の前に残されたアリオスは、
しばらく動けずにいた。
胸の奥には、
不安とともに、
小さな灯りのようなものが
確かに残っていた。
それが何を意味するのか、
この時の彼には、
まだわからなかった。
けれど――
この夜を境に、
アリオスの歩む道は、
静かに動き始めていた。
🌙 次回予告
違和感は、やがて“試練”となって姿を現す。
次回、第1章 第2話
「試練の意味」へ――
